【名古屋リポート特別編】富山の薬【富山リポート】

4月は名古屋リポートに代わって富山リポートなうをお送りしました。プレゼンターは富山在住の芸人さん「ナノイサオ」さんです。

ところで富山といえば薬が全国的に有名です。今回は富山の薬の起源について、胃腸薬の「越中反魂丹(えっちゅうはんごんたん)」で有名な池田屋安平商店(いけだややすべえしょうてん)を訪れて紹介されました。

起源

越中富山藩二代藩主「前田正甫(まえだまさとし)」が腹痛を起こした時、岡山藩主のお抱え医、万代(もず)家の「反魂丹」が効いたことから、万代家十一代目「万代常閑(もずじょうかん)」を富山に呼び、処方のレクチャーを受け、それ以降、正甫は独自に配合させた「反魂丹」印籠に常備していたそうです。

元禄3年(1690)、正甫が江戸へ参勤したときに、とある大名が、突然腹痛を訴えられ、正甫公が印籠から反魂丹を取り出して勧めたところ、たちまち腹痛が治り、その場に居合わせた諸大名たちがあまりの薬の効き目の早さに驚き「自領内で販売してもらえないだろうか」と申し入れが相次いだということです。他の藩との交流を嫌った藩政時代としては異例のことで、さっそく反魂丹を行商させたのが、越中売薬の起源と言われています。

なぜ富山の薬が現在まで有名なのか

富山売薬の代表的な商法の一つが「先用後利(せんようこうり)」です。これは、得意先に薬を預け、先に用いてもらい、使った分の代金だけを後から回収して利益とする商法です。このことにより、貧しかった庶民にも薬が行き渡りました。

また、得意先が使用する薬などのデータを書き記した顧客台帳「懸場帳(かけばちょう)」の存在も欠かせません。使う薬の種類や量を基に、その得意先に適した薬の配置が叶うとともに、使用歴に応じて健康アドバイスも行えるなど、まさに現代でいう「データベース管理」の原型がそこにあるといえます。

このような顧客や薬売りにとって便利な商法は、富山の薬を全国に浸透させる原動力となり、こうして、この売薬さんが全国を回り培ってきた実績は後に、富山に医薬品製造企業の設立へと繋がり、富山県の豊かな水資源と安価な電力を活用し、発展したわけです。

平成17年の旧薬事法改正により、特許の切れた先発医薬品の薬をジェネリック薬品として製造販売するメーカーも設備投資などして規模や販路を拡大しています。

また最近では「富士フイルム」グループの製薬会社「富山化学工業」が開発した「抗インフルエンザ薬 アビガン」が「エボラ出血熱」の特効薬として注目を浴びています。

富山化学工業は、本社は東京ですが、研究所と工場が富山市にあり、まさに「富山売薬」のDNAを現代に引き継いでいるといっても過言ではないと思います。

池田屋安平商店について

今回取材した「池田屋安兵衛商店」は、富山市の中心部にあり白壁造りの建物で反魂丹の大きな看板が出ています(ちなみに反魂丹とは「身体を魂に返す」という意味があります)。

店内では、丸薬(練って調合してある薬を玉状にする)体験ができ、私も体験しましたが何度やってもコツがつかめず、うまく丸めることができませんでした。今はもちろん機械でやっているそうです。

また、レトロなパッケージの薬も置いてあり、銭湯の風呂桶で有名な「ケロリン」も販売していました。

池田屋安兵衛商店
池田屋安兵衛商店の看板です。
丸薬体験
丸薬体験の様子です。パンフレットより引用。
起源紹介文
起源紹介文です。(ナノイサオ撮影)

二階は薬膳料理のレストランになっており、高麗ニンジンの鶏団子スープ、ポリフェノールとミネラルをたっぷり含んだ黒米の山菜おこわなど、ご膳としていただけます。予約制でレストランは水曜日が定休となっており、営業時間は11:30~14:00です。

池田屋安兵衛商店さんの住所は富山市堤町通り1-3-5です。北陸銀行本店の真向いにあります。アクセスは、北陸自動車道 富山ICより車で10分・JR富山駅より車で5分、JR富山駅より市内電車で南富山行きまたは、環状線に乗り西町電停で下車徒歩3分です。

※この記事は名古屋支局のりょうが代筆したものです。

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りょう(名古屋支局長)
福井県出身。 2013年7月からリポート企画「名古屋リポートなう」、2014年8月から番組ホームページの管理を務めた。 2017年3月を持って退任。 趣味はアニメ鑑賞とお絵描き。
りょう(名古屋支局長)

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